TOP コラム一覧コラム(基礎情報)>「エイズ予防法」をふり返る


今回は、「エイズ予防法」に見るエイズ初期の世情、と題して1980年代の終わりから、1990年代にかけて、エイズを取り巻く世情がどうだったのかを振り返りたいと思います。当時問題となった、エイズ患者への偏見と差別はどんなものだったのでしょうか。それは現在、一掃されたのでしょうか。

本サイトでも、「HIV・エイズの歴史」、または「ひと目でわかるエイズ年表」といった記事で、エイズが初めて日本で報告された当時の様子をご紹介しています。

当時の日本ではエイズはどう扱われていたのでしょうか。1985年に日本でもエイズ患者が報告され、翌86年松本、87年には神戸、高知で「エイズパニック」が起こります。HIV感染者、エイズ患者に対して猛烈な偏見と差別が生まれました。

松本では、出稼ぎに来ていたフィリピン女性が帰国後にHIVに感染していたことが分かるのですが、その後外国人であると言うだけで飲食店やスーパー、銭湯などが入場を拒否します。更には、松本在住と言うだけで他県のホテルや旅館が宿泊を拒否するまでになりました。

HIV感染についての正しい知識、情報を持たないがゆえの偏見と差別でした。また、当時はHIVに感染した人は2分化されていました。1つは、血友病患者で凝固因子の投与で感染してしまった、「被害者」です。

もう1つは、同性愛者や、風俗で感染した人たちで、「自業自得」の感染者と見なされました。更に感染を広める「加害者」として見られたのです。そこには個人のプライバシー尊重といった視点はかけらもありませんでした。

そして、こういった偏見と差別が溢れていた1989年1月、「エイズ予防法」は公布、施行されるのです。この法律を一口で言うと、HIV感染者、エイズ患者を徹底的に管理下におき、それをもって感染をふせごうとするものでした。

つまり、HIV感染者やエイズ患者の救済と言う視点はなく、社会の枠から隔離して感染を防ごうとするものだったのです。なにせ医療機関までがHIV感染者に対して差別を行っていたのですから、当時の法律を作ったお役人や政治家も偏見を持っていたのではないかと疑います。

では、「エイズ予防法」のどこに問題があったのか、少し内容を見てみましょう。そこには当時の世情が反映されているような気がするのです。

まずは「罰則」から見てみましょう。第16条に、次のような条文があります。

第16条 次の各号の一に該当する者は、10万円以下の罰金に処する。
一 第8条第2項の規定による命令に違反した者
一 第10条の規定による質問に対して虚偽の答弁をした者

こう書かれています。では、第8条、第10条にはどんなことが決められていたのでしょうか。私の理解で簡単に説明したいと思います。

第8条第2項

例えば、あなたが病院でHIVに感染していたことが分かるとします。すると、医師は誰があなたにHIVを感染させたのか、感染ルートを調べます。そこであなたは、「付き合っているAさんからうつされたと思う」と答えたとします。

このとき、医師が、「放置すると、Aさんはまだ他の人にもHIVをうつす危険がある」と思えば、都道府県知事にその「A」さんの名前や住所などを報告します。すると、報告を受けた知事は、その「A」さんに対して、HIV検査を受けるよう、勧告します。「A」さんが勧告に従わない場合には、次に検査を受けるよう命令を出します。これが第8条第2項です。

この命令に違反すると、罪になり10万円以下の罰金となるのです。しかし、これ、常識的に考えてもムリがありませんか?あなたの話を聞いた医師本人は、「A」さんを全く知らず、会ったこともありません。あなたの話だけで知事に報告すべきかどうか、判断出来るものでしょうか。むろん、「A」さん本人のプライバシーなんて、みじんも配慮されていません。

第10条

第8条の例えを使うなら、HIVに感染していたことが分かったあなたと、あなたに感染させた疑いのある「A」さんに対して、知事は職員を使って色んな質問をさせることが出来ます。この質問に対して、ウソを答えると、罪になるのです。

しかし、当時の世情を考えると、HIV感染者に対する偏見と差別は強烈であり、自分たちがHIVに感染していると周囲に知られたら村八分に合うのは明白だったのです。学校には行けなくなる。会社も解雇される。病院も受け入れしてくれない。

こういった環境下で、どうして正直に返答が出来るでしょうか。私ならウソついてでもHIV感染を知られたくありません。

「エイズ予防法」がいかに偏見と差別に満ちた法律であったかを説明するのに「罰則」を例にしました。罰則こそないものの、HIV感染者の人権を無視したような内容は他にもあります。

例えば、第5条(医師の指示及び報告)です。先の例をまた使うなら、あなたを診察した医師は、あなたがHIVに感染していると分かれば、あなたに対して感染防止のための指示を出すことが出来ます。具体的にどんな指示とは書いてありませんから、医師が必要と思えばどんな指示でも出せます。

そして、第6条には、あなたはその医師の指示に対して絶対に従わなくてはならないと明記されているのです。とにかく、こんな調子の条文がずらりと並ぶ「エイズ予防法」でした。

まさに当時の世情を反映しているかのようで、HIV感染者やエイズ患者の病気そのものの救済、また個人としてのプライバシーや人権保護といった極めて重要な視点が不足していました。とにかく、HIVに感染している人、疑わしい人を見つけて管理下におき、一般社会からは別枠に置いて感染を防ごうとする発想だったのです。

しかし、HIVの主な感染ルートが性行為である以上、それを管理下におくことなど出来ようはずがありません。それは差別と偏見を強め、いっそうアンダーグランドの世界で感染を広めるだけです。

こういった、「エイズ予防法」の不備な点は当初から指摘され、1999年に廃止、同年「新感染法」へと代わっていきます。エイズなるものがよく分からず、とにかく怖い、致死的疾患であると言う恐怖感だけが先行した当時の世情を強く反映していたと思います。

では、最後に現在においてはどうでしょうか。差別や偏見が完全に一掃されたと言えるでしょうか。残念ですが、そうはなっていないと思います。記憶に新しいところでは、今年の4月、愛知県の大手病院で、HIV感染者の看護師に対して退職勧奨が行われたと言うニュースがありました。

いまだに医療現場においてさえ、こうした差別的扱いが残っています。

________________________________________________

あなたにとって早期のHIV検査がどれほど大事か、ぜひ次の記事をご覧ください。HIV検査を遅らせることであなたにプラスになるこは何ひとつありません。いかに危険ばかりが大きくなっていくか、お分かり頂けるはずです。

○「生存率」・「いきなりエイズ」・「潜伏期間」、この3つをご存知ですか?

あなたがHIV検査を先延ばしに出来ない3つの理由とは?



・・HIV(エイズ)検査完全ガイド  TOP