2011年5月16日付けで薬害エイズ訴訟が全面終結しました。東京地裁において、原告最後の1人について和解が成立し、平成元年の訴訟から実に22年、ここに全面終結となったのです。

このHIV訴訟は当時の日本のHIV医療のあり方そのものを問う裁判でもありました。

「知っていますか?AIDSと人権」(解放出版社)によれば、当時の日本ではHIV感染者、エイズ患者に対する差別と偏見が強く、国立の病院でさえもHIV感染者の受け入れを拒否する事例がありました。

多くの病院がHIV感染者の受け入れは他の患者の不安をまねくと風評被害を恐れ、診察を拒否したのです。そのため、HIV感染者やエイズ患者は満足な医療を受けることが出来ず症状を悪化させることも多くありました。

そんな状況を何とか改善しようと、HIV原告団は自分たちの被害を追及するだけでなく、今後の抗HIV医療のあり方そのものを改善するよう国に訴えたのです。

そして、HIV訴訟は公判中にも次々と原告患者が亡くなり、長期化を避ける裁判所の判断で和解勧告が出されます。

この和解案の中で、次のような改善案が盛り込まれたのです。

●国内の抗HIV医療の拠点を設置する。

●全国8ヶ所の地方ブロックに拠点病院を設置する。

●従来からある診療拠点病院を拡充する。

●HIV医療を充実させるため各病院間の連携を図る。

こうした案が和解文書に盛り込まれたのです。

こうして、1997年4月1日、国の抗HIV治療の中心となるエイズ治療研究開発センターがオープンします。詳しくはこちら⇒『エイズ拠点病院とは?』

そしてこの頃、欧米で開発された多くの抗HIV薬が導入され、エイズ患者の死亡数は激減していきます。

更に翌1998年には、免疫力が低下したHIV感染者を身体障害者として認定する制度が始まりました。更生医療の適用で医療費が無料または軽減されるようになったのです。

また、同年にはHIV感染者の人権配慮がなされていないと悪評高かったエイズ予防法が廃止され、新感染法へと変わりました。

こうした一連の医療改革、法改正にHIV原告団が起こした訴訟が果たした役割はとても大きかったのです。原告団の仲間が次々と倒れて行くなか、まさに命を削って戦い続けたと言えます。

5月16日に訴訟が全面終結したことにより、ひとつの区切りはついたのかも知れません。

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